福岡高等裁判所 昭和50年(う)103号 判決 1975年8月26日
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役二年に処する。
原審における未決勾留日数中六〇日を右の刑に算入する。
この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。
被告人から金二三九万六七一四円を追徴する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人内田健提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
同控訴趣意第一点の一(原判示第九の一の贈賄に関する事実誤認)について。
所論は要するに、原判決は罪となるべき事実第九の一において、被告人は昭和四八年一月二一日頃原審相被告人河野悦三に対し、本件町有地払下処分の議案が町議会に提出された際に、該処分を可とする議決をしてもらいたい等の趣旨で、現金一〇万円を供与して贈賄した旨認定するが、右は誤認である。右河野は被告人が日頃から親しく交際していたものであって、小遣いとして現金一〇万円を贈与したものであり、町有地払下処分に関連して贈賄したものではない。原判決は右現金一〇万円授受の趣旨に関して事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れないというに帰する。
しかし、原判決挙示の関係証拠によれば、右現金一〇万円が、町有地払下処分の議案が町議会に提出された際に、これを可決してもらいたいとの趣旨で供与されたものであることは優に認められるところである。すなわち、
右の関係証拠を総合すれば、(1)本件ゴルフ場建設を計画した原審相被告人阿部貫一、同阿部英吉及び同中里静夫らは、昭和四七年一一月上旬頃日出町議会の有力議員である被告人方を訪れ、右計画につき被告人の協力を要請し、その承諾をえて、以後被告人とも連絡をとりながらゴルフ場予定地の現状調査、用地買収の具体的方針等の検討を進めていたが、右予定区域内に日出町有地が存在したことから、被告人の指示に基づきその払下を求める陳情書を作成し、同年一二月一一日頃これを町長及び町議会に対し提出したこと、(2)阿部貫一らは被告人に対し、同年一二月中旬頃二回に亘り民有地買収の運動費等として、合計金一八〇〇万円を提供し、町有地の払下及び民有地の買収につき積極的協力を求め、被告人もこれに応じて民有地の買収に努めるとともに町有地払下については町議会対策が必要であると考えて、同年一二月末頃町議会において被告人と同じ「新風会」に属しかねてから親交のあった河野悦三方を訪れ、同人に対し阿部貫一らの本件ゴルフ場建設計画を説明したうえ、町民の利益とも合致し多額の資金も準備されていて確実な事業と認められるので、町有地払下については町議会で協力してもらいたい旨依頼したこと、(3)さらに、阿部貫一らは、町有地払下処分の議案が町議会に提出された際には、これを可決してもらう趣旨で、町議会議員のゴルフ場視察を名目とする熱海旅行を企画し、昭和四八年一月下旬頃これを被告人に申し出たところ、被告人もこれに応じ、同僚の議員三名位に参加を呼びかけ、結局被告人及び河野外一名の町議会議員が同年二月八日から同月一〇日までの間熱海、京都旅行の接待等を受けたこと、(4)同年三月一二日日出町長より同町議会に対して前記陳情に基づく本件町有地払下処分に関する議案が提出されたこと、以上の各事実が認められる。
ところで、前記現金一〇万円は昭和四八年一月二一日頃被告人が河野悦三方に赴いて供与したものであり、当時の町議会議員の歳費一ヵ月分(約七万円)をはるかに超える金額であって、右(1)ないし(4)の事実を併せ考えれば、右現金授受の趣旨が将来町有地払下処分に関する議案が提出された際これを可決してもらうことにあったことは否定できないところであり、被告人の原審公判廷における供述中所論に副う供述部分はたやすく措信できない。
所論は、右昭和四八年一月二一日の時点において被告人及び阿部貫一らはゴルフ場用地として未買収の民有地、とりわけ本件町有地に匹敵する広さの北村茂蔵の所有地等の買収に奔走していたのであって、町有地払下のための町議会対策はいまだ考えられていなかったうえ、右時点までは本件町有地に関するいわゆる入会採草権問題等も生じておらず、被告人らにおいては町有地払下処分案件の町議会通過は極めて容易であると考えていたものである。従って、この段階において被告人が町議会議員に贈賄する必要性、とりわけ二〇名を超える議員の中から河野悦三一人に対して贈賄する必要性は全くなかったのであって、現金一〇万円は賄賂と認定さるべきではないというのである。
しかし、右昭和四八年一月二一日当時、民有地の重要部分が未買収であったこと及び町有地に関し入会採草権問題が具体化していなかったことはいずれも所論指摘のとおりであるが、これらの事情が存するからといって町議会対策の必要性がなかったわけではなく、被告人らにおいて町議会議員に対する贈賄の必要性を認めていたことは前記説示の(1)ないし(4)の事実に照らしても明らかであって、所論は採用できない。
その他記録を精査し当審における事実取調の結果を参酌しても、本件現金一〇万円授受につき賄賂性を肯定した原判決には、所論の如き事実誤認を見出すことができない。論旨は理由がない。
同控訴趣意第一点の二(原判示第八の五及び第八の六の各収賄に関する事実誤認)について。
所論は要するに、原判決は罪となるべき事実第八の五及び第八の六において、被告人が昭和四八年一〇月二六日原審相被告人阿部英吉から現金一〇〇万円を、同年一一月二日頃原審相被告人阿部貫一から現金三〇万円を、いずれも本件町有地払下価格承認に関する議案の議決に際し払下処分を可とする議決をしてもらいたい等の趣旨のもとに供与されることの情を知りながら、これらを収受した旨認定しているが、右はいずれも誤認である。すなわち、右阿部貫一らは本件町有地の払下価格を約二億円と予定していたところ、日出町当局においてはこれを約四億五〇〇〇万円ないし五億円と考えていることを知ったため、町当局との交渉によりできるだけ二億円に近い価格で払下を受けるべく、町の価格交渉立会委員である被告人に対し、その運動費としてまず現金一〇〇万円を、次いで現金三〇万円を各提供したものであって、被告人もその趣旨で各現金を受領したものであり、当時においてはいずれも町議会での払下価格承認等までを念頭においていた訳ではない。原判決は各現金授受の趣旨に関し事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れないというに帰する。
しかし、原判決挙示の関係証拠を総合すれば、昭和四八年一〇月二六日頃に阿部英吉から被告人に供与された現金一〇〇万円及び同年一一月二日頃に阿部貫一から被告人に供与された現金三〇万円が、いずれも本件町有地の払下価格承認に関する議案を可決してもらいたい等の趣旨の下に供与されたものであることは否定できないところである。すなわち、
右の関係証拠を総合すれば、阿部貫一らは昭和四七年秋頃から本件ゴルフ場の建設を計画し、その用地となる民有地の買収等に多額の資金を投下し、また本件町有地払下処分を受けるべく被告人はじめ数名の町議会議員に贈賄する等していたが、昭和四八年八月一二日難航していた本件町有地払下処分案件が町議会において可決されたのちは、できるだけ低い価格で払下を受けるべく、一方では町当局と交渉して払下価格をとりきめ、他方ではこの価格につき町議会の承認を得るために努力していたものであるところ、折柄町長の発議によって、阿部貫一ら業者側と町当局との払下価格交渉に際し、町議員七名が価格交渉立会委員として参加することが決定し、被告人も右委員に選任されたことから、阿部貫一らは被告人に対し、価格交渉立会委員として業者側に有利な言動をなしてもらうこと及びその結果決定した払下価格の承認案件が町議会に提出された際にこれを可決してもらうこと等の趣旨で、二回に亘り現金合計一三〇万円を供与して贈賄したものであることが認められる。
右に明らかな如く阿部貫一らとしては、できるだけ低い価格で本件町有地の払下を受けるため、町当局と交渉して払下価格を決定することとその決定価格につき町議会の承認を得ることとは密接不可分の関心事であって、このことは被告人にとっても同様であったと認められる。したがって、所論の如く被告人及び阿部貫一らは払下価格の低額化のみに熱中していて、次の段階で必然的に問題となる払下価額承認議案の可決のことについては全く念頭になかったなどとは到底認められず、所論に副うが如き原審公判廷における被告人の供述部分はたやすく措信できない。
してみれば、原判決が右の各現金について、「本件町有地払下価格の承認に関する議案の議決に際し、払下処分を可とする議決をしてもらいたい等」の趣旨の下に授受された事実を認定したことは相当であり、その他本件記録を精査し、当審における事実取調の結果を参酌しても原判決には所論の如き事実誤認を見出すことができない。論旨は理由がない。
同控訴趣意第一点の三(原判示第八の五及び第八の六の各収賄に関する法令適用の誤り)について。
所論は要するに、原判決は罪となるべき事実第八の五及び第八の六において、被告人が原審相被告人阿部英吉から現金一〇〇万円を、同阿部貫一から現金三〇万円を、いずれも本件町有地の払下価格の承認に関する議案の議決に際し、払下処分を可とする議決をしてもらいたい等の趣旨のもとに供与されるものであることの情を知りながらこれらを収受した旨判示しているが、本件審理の経緯にかんがみると、右の「等」の中には被告人が価格交渉立会委員として町当局と阿部貫一らとの価格交渉に立会った際、阿部貫一ら業者側に有利な発言をなすことが含まれていることが明らかである。したがって原判決は、被告人が価格交渉立会委員として意見を述べることも、町議会議員の職務に密接な関係のある行為であり、その対価として不法な利益を受ける場合には収賄罪が成立するものと解釈しているのである。しかし、刑法一九七条の「職務ニ関シ」との要件は厳密に解すべきであり、本来の職務のほかに「職務に密接な関係のある行為」を含むとしても、それは本来の職務と慣例上密接な関係のある行為に限定されるべきである。これを本件についてみるに、価格交渉立会委員は日出町長が本件町有地払下に関しその価格が巨額に及ぶこと等を考慮してその適正を期するために設置した異例かつ一時的な機関であって、町議会議員の本来の職務に由来するものではないし、慣例上密接な関係もない。そうすると、被告人の価格交渉立会委員としての言動をもって職務に密接な関係のある行為と解するのは相当でなく、原判決は刑法一九七条の解釈適用を誤ったものであって、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れないというにある。
しかしながら、原判示第八の五及び第八の六における現金合計一三〇万円の供与の趣旨が、本件町有地払下価格の承認案件を町議会で可決することにもあったことは、すでに控訴趣意第一点の二において判断したとおりであり、右承認案件の議決が町議会議員である被告人の本来の職務に属することはいうまでもないところであるから右現金の収受につき収賄罪が成立することは否定しがたいところである。のみならず、被告人が価格交渉立会委員として意見を述べる行為は、町議会議員の職務に由来しこれと密接な関係のある行為であると解するのが相当であるから、右行為に関して不法な利益を受ける限りこの点についても収賄罪の成立を是認すべきである。すなわち、
刑法一九七条の「職務」には公務員の本来の職務のほか、これと「密接な関係のある行為」をも含むものと解すべきところ、公務員の具体的な行為が右職務に密接な関係のある行為であるか否かは、贈収賄罪の立法趣旨等に照らし、その行為が本来の職務に準じた公務的性格を有し、その公正が期待されると共にこれに対する社会的信頼が存在するものであるか否かを基準として決定すべきであって、必ずしも本来の職務と慣例上密接な関係にあることを要しないものと解すべきである(慣例的な関係性は行為に対する社会的信頼の存否を判断する要素の一つであるにすぎない。)。これを本件についてみるに、関係証拠によれば、本件価格交渉立会委員は、日出町長の発議により町議会の全員協議会において設置が了承されたものであって、町議会議員のうち正、副議長(各一名)、常任委員会委員長(計四名)、地元関係議員(一名)の計七名で構成され、その趣旨は、本件町有地の払下価格が巨額に及ぶものであるにも拘らず、競争入札の方法による価格決定が不可能であったため価格の適正を期し、町議会における価格承認案件審議の円滑化を期待したところにあったことが認められるのであって、右設置の経緯及び趣旨にかんがみれば、価格交渉立会委員としての行為は町議会議員の本来の職務に由来し、これに準じた公務的性格を有していて、その公正が期待されると共にこれに対する社会的信頼も存し、本来の職務と本質的な差異はないものというべきである。
してみれば、被告人の価格交渉立会委員としての発言等を「職務に密接な関係のある行為」と解し、これに対する現金収受を含めて収賄罪の成立を認めた原判決は相当であり、その法令の解釈適用に所論の如き誤りは存しない。論旨は理由がない。
同控訴趣意第二点(量刑不当)について。
よって所論にかんがみ、本件記録、原審取調の証拠に当審における事実取調の結果を加えて犯罪の情状を検討するに、
本件ゴルフ場建設に係る町有地払下汚職事件は、賄賂として使用された金額も多額であり、関係者も相当数にのぼり、日出町議会議員の大規模な贈収賄事犯であって、被告人は右町議会内の収賄グループの中心人物として、原判示第五、第七の一及び二、第八の一ないし六のとおり約一〇ヵ月の間に、熱海旅行の招待を受けたほか合計金二九五万円に及ぶ現金を収受し、さらにその一部を使用して原判示第九の一ないし六のとおり同僚議員に対し合計三六万円の現金を供与し、あるいは原判示第一〇の一及び二の如く賄賂の申込をなしているのである。被告人は町議会議員であるのみならず、常任委員長あるいは副議長の要職にありながら、右にみる如く多額の現金を収賄したばかりか自己の立場を利用等して他の議員までも汚職事件に巻き込んだものであって、その結果町政を混乱させ、町民の信頼を裏切りひいては町と町民の名誉を失墜させた責任は極めて大きいものであること、その収賄事犯の中には、町有地払下問題が予想外に紛糾したためゴルフ場建設計画の失敗をおそれ、被告人を頼るほかなかった阿部貫一らの弱味につけ込んで多額の金員を要求するが如き態度も窺われ、犯行の態様は悪質であること、なお原判示第一三の一及び二の助役及び収入役選任をめぐる収賄事件を軽視することができないものであること等にかんがみるとき、被告人に対する原判決の科刑は必ずしも首肯できないものではない。
しかしながら他面、ゴルフ場建設関係の汚職事犯については、その発端において町議会の有力者である被告人を利用せんとした阿部貫一ら業者側の巧妙な誘惑的言動が存したことは否定できず、被告人においてはゴルフ場の建設が日出町の発展、地元町民の生活の安定に寄与するものとの初期動機から右阿部貫一らに協力するうち、次第に私的な利益の追及に走るようになったものであって、当初の心情には同情できる点もない訳ではないこと、本件が多数町議会議員の関係する大規模な汚職事件に発展した背景には町議会議員の公務員としての職務の厳正に対する自覚の一般的な欠缺が看取され、被告人においても職務の公正に対する自覚が十分でなかったことに基因するものであること、当然のことながら本件汚職をめぐる世論の批判は厳しく、とりわけその中心人物と目される被告人に対する非難は強く、もはや被告人の公的な活動の余地は失われ、すでに相当の社会的制裁を受けたものといえること、被告人は自己の責任を痛感して全ての公職を辞退し、原判決後ではあるが収受賄賂に匹敵する金二五〇万円を町の福祉事業に寄附するなどしたうえ、今後は石油販売の家業に専念する旨誓っていて再犯のおそれはないこと、その他所論の被告人に有利な事情を参酌するときは、原判決の被告人に対する刑の量定は重きに失し相当でない。論旨は理由がある。
そこで、刑事訴訟法三九七条、三八一条に則り原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書に従いさらに判決する。
原判決の認定した罪となるべき事実に法律を適用すると、被告人の原判示第五、第七の一及び二の各所為は包括して刑法一九七条一項前段(なお、同第七の一及び二につき同法六〇条)に、原判示第八の一ないし六並びに同第一三の一及び二の各所為はいずれも同法一九七条一項前段に、同第九の一ないし六並びに同第一〇の一及び二の各所為はいずれも同法一九八条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号(なお、同第一〇の一及び二につき刑法六〇条)に、それぞれ該当するので原判示第九の一ないし六並びに同第一〇の一及び二の各罪につき所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条に則り犯情の最も重い原判示第八の五の罪の刑に法定の加重をなし、その刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数のうち六〇日を右刑に算入したうえ、同法二五条一項に則りこの裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予することとし、なお被告人が原判示各収賄の犯行により収受した賄賂は原判示各贈賄のために使用された分を除きいずれも被告人から没収すべきところすでに費消されあるいは混同されていて没収することができないので同法一九七条の五後段に従いその価額合計金二三九万六七一四円を被告人から追徴する。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 平田勝雅 裁判官 吉永忠 堀内信明)